読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Words Evaporate on My Tongue

Translation, books, films, and Oxford commas.

A Little Life: A Novel by Hanya Yanagihara

かれこれ4カ月かけてペーパーバック×Audibleで読んだ本「A Little Life」。読み始めたきっかけは、私の好みに合うことが多いブッカー賞にノミネートされていたこと。著者のHanya Yanagiharaという名前が気になるが、父がハワイ出身のアメリカ人、母は韓国出身らしい。最初は楽しく読んでいたのがだんだん苦しくなり、中盤になると10ページごとに涙が出て中断せねばならず、遅々として進まなかった。というのはあくまでこちらの涙腺の都合で、本自体の完成度は極めて高い。著者の知性と古典的美しさを感じさせる大作である。

f:id:zaziewhereareyou:20170307211732j:plain

 

A Little Life by Hanya Yanagihara — Reviews, Discussion, Bookclubs, Lists

舞台はニューヨーク。大学時代からの親友4人組の人生を、それぞれのバックグランドを交えながら描いていく。私を10ページごとに泣かせた犯人、そして世界の人々を絶望と悲しみの渦に投げ入れているのは、特に中心的に描かれるジュードという青年の過去、彼のアイデンティティ、自己否定、悲しみとの向き合い方である。

ジュードは自分の過去を話さない。話せば人が自分から離れていくことを恐れている。自分の過去が人を不幸にすることを知っている。そんな自分に価値がないことを知っている。悲しみは人と分け合えるものではない。悲しみは自分の体で分解するものだ。分解できない分だけ、肉体的な傷が増えていく。時間が何も解決してくれないことに、彼は苦しんでいる。記憶は曖昧になるばかりか、どんどん鮮明さを増していく。過去は追いかけてくる。親友に秘密を打ち明けることはできない。打ち明ける言葉を持っていない。人を心から愛することはできても、人を心から信じることはできない。自分は幸せに値しないからだ。そういう幸せは、自分のためにあるものではない。自分にこんな幸せがあっていいはずがないから、自分で自分を罰する。それが彼の命のバランスだ。

ジュードの人生は極端な例でも、この悲しみには覚えがある。大勢の読者がそう感じているはずだ。こんな悲しみと絶望の詰まった720ページにも及ぶ物語が、ベストセラーになる。それだけ世界には悲しみがあふれているのかと思う。

 

“...because to be alive was to worry. Life was scary; it was unknowable.”

「…なぜなら、生きるということ自体が、不安を感じるということだからだ。人生は恐ろしく、不可知の存在だ。」

 

人の悲しみや不安を天秤にかけることはできない。愛されて育った少年が、社会の底辺に落ちる。金に苦労したことのない青年が、やり場のない不安にさいなまれる。恵まれた家庭環境や金銭的な余裕は、必ずしも不安の大きさに比例しない。それを一番良くわかっているのは、皮肉にもジュードだ。

愛する友人たちに想いをめぐらせながら、彼はこう言う。

 

“You won’t understand what I mean now, but someday you will: the only trick of friendship, I think, is to find people who are better than you are—not smarter, not cooler, but kinder, and more generous, and more forgiving—and then to appreciate them for what they can teach you, and to try to listen to them when they tell you something about yourself, no matter how bad—or good—it might be, and to trust them, which is the hardest thing of all. But the best, as well.”

「今はわからないかもしれないけど、いつかわかる日が来る。友だちを作る唯一のコツは、自分より良い人たちを見つけることなんだ。頭が良いとか、かっこいいとかじゃなくて、もっと優しくて、心が広くて、寛大な人たち。それから、彼らが学びをもたらしてくれることに感謝する。自分のについて何か言われたら、それがどんなに悪いことでも良いことでも、ちゃんと耳を傾ける。そして、信頼すること。いちばん難しくて、いちばん素晴らしいことだよ」

 

しかし彼には受け入れられない。寛容さ、受け入れるということ(acceptance)は本作の大きなテーマの一つ。ジュードを取り囲む人々。それぞれに痛みを抱えながらも彼を愛し、守ろうとする人々。受け入れ、受け入れて欲しいと切望する人々。彼らがもたらすかすかな光にすがりついて、読者は物語の先へと進む。

発売は2015年だから、早ければ今年か来年にでも翻訳版が出るかもしれない。たぶん私には読む勇気がない。自分の中で鮮明なイメージができていて、それが上書きされてしまうのも怖い。これを翻訳する人は、とても心の強い、エネルギーのある人だと思う。私のような泣き虫は悲しみの渦に飲まれて、言葉に変わる前に溺死してしまう。